西武鉄道は2022年11月15日(火)、東京都東大和市の玉川上水車両基地で、「2022年度 総合復旧訓練」を実施し報道陣に公開しました。ここ数年、全国各地で発生している大雨災害に対応するため、運輸・車両・工務・電気部が一堂に集結。初期対応から復旧まで本番さながらの訓練を取材しました。
当日は気温も低く、小雨の降る中、西武鉄道社員152名、西武バス社員8名、北多摩西部消防署員12名が参加。例年、見学・乗客役となる一般募集については、コロナ禍の影響もあり、行わずに実施。今年の訓練は、以下の想定で行われました。
【訓練想定】線状降水帯が発生し、西武線沿線で約8時間に渡り猛烈な雨が降り続いた。この影響で、池袋線の入間市駅~仏子駅間で線路内に土砂が流入、これに列車が衝突脱線した。また、架線損傷など、鉄道施設にも多くの被害が出たことから、特定災害対策本部を設置することになった。 なお、この衝撃で電車内の乗客には、重傷者を含む負傷者が発生。電車は全線で運転見合わせとなり、ター ミナル駅では、帰宅困難者が発生する事態となった。
基地内には、2両編成の30000系(32106編成)を用意。実際に先頭車両の一番前の車輪は脱線、前面スカートも損傷した状態で留置されていました。はじめに、運輸部による避難誘導訓練を実施。乗車中や駆け付けた社員等の協力を得て、車両に設置した非常梯子などを使用し降車。その後、けが人と車椅子の乗客を消防隊員が大声で確認しながら救助する様子は、参加者も関心を寄せていました。
乗客の避難が済んだら、車両部による脱線復旧訓練へ移ります。ガス切断機を使用し、車両前面のスカートを撤去。続いて2基の油圧ジャッキなどを用いて車両を水平に保ちながら、車体を上昇させます。少しでもズレが発生しないよう両サイドから声をかけ、車体を横送りして復線させました。
車両をレールに戻すと、今度は工務部の線路変位復旧訓練・軌道検査訓練です。歪んだ線路を人力で元に戻し、破断したレールの「継目版」と呼ばれる部品とボルトを使用し、つなぎ合わせ、砕石の流出箇所および陥没箇所に砕石を投入していきます。機械化の現代においても、大人数で呼吸を合わせ、人力により線路を動かしていることを知らない人が多いことでしょう。まして、災害時はより過酷な現場、相当の苦労が想像できます。その後、タイタンパー(振動工具)を用いて砕石をつき固め、線路を固定。トラックマスターと呼ばれる線路の状態を数値化する機器で、列車が通ることのできる安全な状態になっているかを確認します。
鉄道設備の復旧は、線路上だけではありません。列車に電力を供給するための電気部の訓練では、線路を走行できる「軌陸車」が登場。外れたハンガー(トロリ線を吊るための金具)を取り付けたり、添線を用いて、ゆがみが生じたトロリ線(架線)を真っ直ぐにします。足場の悪い中、「軌陸車」が入れないような箇所では、はしごを使用して人力で高所に向かうことも。災害時は現場では、相当な緊張感のなかで慎重な作業に臨まなければなりません。
一方、運転見合わせが続くなか、駅で足止めをされている利用者への対応も重要です。7月8日、池袋線 ひばりヶ丘~保谷間で発生した飛来物による車両故障は記憶に新しいところでしょう。この時、池袋線 池袋~飯能間、西武有楽町線全線、 豊島線全線が長時間にわたり運転を見合わせ、通勤通学利用者でターミナル駅を中心に駅の外まで大混雑となりました。訓練では、帰宅が困難になった利用者に対し、待機場所の案内や備蓄品の配布を実施。さらに、西武グループの強みでもある「西武バス」との連携によるバス代行対応も行われました。
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訓練終了後には、西武鉄道 喜多村社長が挨拶。「今年の訓練は、いつもの晴天の中ではなく、雨の降る寒空のなか、本番に近い環境で行えたのではないか。訓練想定の大雨災害について、近年の地球環境の変化に伴い、全国各地で毎年のように大規模な水害が発生している。かつて“想定外”とされてきた災害を、“想定内”ととして考えなければならないと思う。そのような状況で最も大切なことは、お客様の命を守ること、そして社員の命の確保が第一。その上で早期に復旧を目指し、使命を達成することが大切だと思う。(中略)各部門ごとに復旧作業は異なるが、常に連携・コミュニケーションは重要。また、災害現場等では、大きな声で意思疎通をとることは本当に大切。こうした日々の訓練を通じてしっかりと準備をすることで乗り越えたい」と述べました。
日々、定刻通りに運行される日本の鉄道。地震などの災害や事故などで運転を見合わせた際、「どうしてこんなに止まるのか」、「もっと早く動かせるのでは?」など疑問に感じる人も多いことでしょう。しかし、今回の訓練に密着し、それぞれの部門でいかに安全を確保し、正確に復旧作業を行っているのかを垣間見ることができました。毎年、さまざまな情勢を鑑み、訓練の想定を違った形で実施する西武鉄道の「総合復旧訓練」は、社長が述べた「命を守る」ためのもの。この一言に尽きるのではないでしょうか。